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最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)170号 判決 1948年7月19日

主文

原判決及び第二審判決を破毀する。

本件を甲府地方裁判所に差戻す。

理由

辯護人渡辺綱雄、同尾山万次郎の上告趣意について。

本件事案の内容は、被害者上條喜甲が、昭和二十二年一月七日午後五時五十分頃、山梨縣北巨摩郡日野春村長坂上條一一五八番河西食肉店の軒先に、自転車を置いて、店内で主人の河西義政等と雜談していた間に、その自転車のハンドルに吊しておいた白木綿製肩掛鞄一個(現金千五百圓、中央銀行長坂支店預金通帳一冊、黒皮二ツ折札入レ一個、木綿黒足袋一足及びニューム製飯盒一個在中)を何者かに窃取せられた。一方、被告人は、それからわづか十分位たった同日午後六時頃、そこから、五町と離れていない同所二三一三番地ラジオ商坂本覺方で、そこの家人と對談中、盗難に氣が付いて、すぐに犯人捜索に出かけて被告人の跡を、途中から追跡して來た河西義政の密告によって、そこえ出かけて來た警察官に調べられたところ、被告人の所持品の中から、右金品そっくり在中のまゝの肩掛鞄が発見せられたという事案である。そこで、被告人はその時以來警察署に同行せられ、同月十六日檢事の強制處分の請求に基いて翌日勾留せられ、同月二十五日被告人に對する右の窃盗被告事件として甲府區裁判所に公判請求、同公判は二月二十七日、三月二十日と二回開かれたが、被告人は當初以來、本件犯行の否認をつゞけ、自分はその日午後六時頃、同村長坂上條須田商店前通りで二十歳から二十五歳まで位の一人の陸軍拂下ようの外套を着た一面識もない通りがゝりの青年から、汽車賃に困っているから買ってくれといわれて、そのいい値のまゝに金三十圓で問題の鞄を買取ったものであると辯解しているのである。そこで甲府區裁判所は第二回公判期日に證人として前記河西義政を訊問した後、三月二十五日被告人に對し有罪の判決を宣告し、被告人は之に對して控訴の申立をなし第二審甲府地方裁判所では、同年五月五日第一回公判を開いて被告人を訊問したところ、被告人は初めて逐一本件の公訴事実を自白した。これより先き、被告人の辯護人から、保釋の申請が出ていたが、同裁判所は同日結審すると共に、保釋の決定をした。被告人は実に前後百九日にわたる拘禁の後に釋放せられ、次で同裁判所は同月十二日右被告人の自白を證據にとって、被告人に對して有罪の判決をした。以上が記録の上で認められる、大略本件事案の内容と經過である。この内容と經過から考えて、本件被告人に對する拘禁は、辯護人の主張するように、果して不當に長いものというべきであるか、どうか、を考察する。

本件犯罪の内容は前述べた通りで、事実は單純であり、數は一回、被害者も被疑者も各々一人で、被害金品は全部被害後直ちに回復せられて、現に證據品として押收せられているほとんど現行犯事件といってもよいほどの事件で、被告人の辯解も終始一貫している。被告人が果して、本件窃盗の真犯人であるかどうかはしばらくおいて、事件の筋としては、極めて簡單である。被告人が勾留を釋かれたからといって、特に罪證湮滅のおそれのある事件とも考えられない。又、被告人は肩書のように、一定の住居と生業とを有し、その住居には、母及び妻子の六人の家族があり、尚、相當の資産をもっていることは、記録の上で十分にうかゞわれる。年齢も既に四十六歳である。かような情況から考えて、被告人が逃亡する危險もまづないと考えなければならぬ。

とすれば、ほかに、特段の事情のうかゞわれない本件においては、被告人に對して、あれ程長く拘禁しておかなければならぬ必要は、どこにもないのではないか。たゞ被告人が犯行を否認しているばかりに、――言葉をかえていえば被告人に自白を強要せんがために、勾留をつゞけたものと批難せられても、辯解の辭に苦しむのではなからうか。以上各般の事情を綜合して、本件の拘禁は、不當に長い拘禁であると、斷ぜざるを得ない。しかして、第二審裁判所が、この拘禁の後に、はじめてした被告人の自白を證據として、被告人に對し、有罪の判決をしたことは、前に述べたとおりであるが、不當に長い拘禁の後の自白を證據にとることは、憲法第三十八條第二項の厳に禁ずるところである。

從って、かゝる不當に長い拘禁後の自白を有罪の證據とした第二審の判決及びこれを是認した原判決は共に憲法第三十八條第二項に違反した違法がある。從って論旨は理由がある。本件再上告は、憲法違反を理由とするものであるから、再上告として適法であることは當裁判所の示すところである。(當裁判所昭和二二年(れ)第一八八號事件昭和二三年七月七日判決參照)

よって、裁判所法第十條第一號刑事訴訟法第四百四十七條第四百四十八條ノ二第一項にしたがい、主文のとおり判決する。

右は、齋藤裁判官を除く裁判官全員の一致した意見である。

裁判官齋藤悠輔の本件に對する意見は次のとおりである。

憲法第八一條並びに刑訴應急措置法第十七條にいわゆる「處分」は行政處分就中法律、命令又は規則に準ずべき一般處分を指し、裁判その他司法裁判所の行爲就中個々の訴訟行爲たる司法處分をいうものでないと解すべきである。(なお昭和二二年(れ)第一八八號事件に對する判決反對理由參照)從って本件の原上告判決における判斷は法定事項の合憲性に關するものと言い得ないから本件再上告は不適法たるを免れない。

(裁判長裁判官 三淵忠彦 裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 庄野理一 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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